ボクネン公式ブログ「風の島から」/bokunens official blog wind island

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「〜風の島から〜」
この「あから島」には季節の風や花たちが舞い踊り、まつりのサンシンや囃子などが遠くから聴こえてきます。
そんな「しあわせ事件」や島を訪れるお客さんたちの「感動話題」などなど。あれこれ立ち話スタイルでお伝えします。

  • 2013年4月26日


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  416日、西風がけっこう厳しい日。RBCのラジオ番組『風のゆくえ』(毎週日曜日18:30〜19:00、ネットでも視聴可能)録音のために恩納村は西海岸線沿いの真栄田へ。メンバーはボクネンとフリーアナウンサーの佐渡山美智子さん、そしておまけのぼく當山だ。

 まずは、漁港に車を向ける。そこで私たちが見たのは、イソヒヨドリのペアー。さっきから盛んに頭上をさえずりながら往復している。それを見たボクネンはすぐに近くに巣があるという。あんの常、漁港施設の天井に巣があった。それからしばらくイソヒヨドリペアーの「巣づくり」を見守った。

 すると本土からのダイバーたちがボートから、岸に上がってくるのを見かけた。それを見たボクネン、気になることがあるからと、ダイバーのところへ近づいた。

 「真栄田沖のサンゴの状態は、いまどんな感じでしたか?」

 1989年の白化現象以来、沖縄近海の状況が気になっているボクネンがすかさず聞いた。

 「風雨のせいでしょうか。海がにごってあまりわからなかったです。それにそう遠くまでは行きませんでしたから...」

 コーディネーターらしき男のひとが答えてくれた。

 隣りには茨城からやってきたという3人の女の子たち。

 「沖縄の海はどうでした?」

 とボクネン。

 「白化現象のことなどはわかりませんでしたけど、やっぱり沖縄の海はきれいでしたよ。来てよかったです」

 結局、"サンゴの状況"はわからずじまい。

 さて、次の取材地は漁港近くの浜辺。ここは「美留」(びる)という地名。珍しい響きだ。古く琉球王国時代(中世の時代)から残っている言葉のよう。ほんとは「ひる」と読む。これに地元のひとがかっこよく漢字にあてて「美留」にしたようだ。

 ここに来たのは、ボクネンが「シジミ穫り」をやろうと言い出したから。ところが、ここで不思議な体験をすることに。途中で護岸から海岸に降りるとき、奇妙な「風音」をキャッチ。これは道路脇の欄干のつなぎ目の穴に風が反応して「笛」のような音色を出していたのだ。北や北西の風の方向が変わるたびに、音の高低が違う。人の声のようでもあり、霊魂の響きのようにも。霊魂の前でしばらく拝むように立ち尽くす3人。これには、道往く車の運転手たちも怪訝な顔をするはず。

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 それから、ようやく浜辺へ。いよいよ、「シジミ穫り」がスタート。これはボクネンが伊是名で経験していたこともあり、みるみるうちにビニール袋がいっぱいに。ちなみに、この「シジミ穫り」で笑ってしまったのが、ボクネンの足を駆使した砂の返し方。まるで女性がダンスを踊るように色っぽい。しかし、このダンスのお陰で「シジミ」は大漁とあいなった。

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 そのあと向かった読谷飛行場跡。「セッカ」の鳴き声を聞きながら、「虹」の鑑賞。まるでセッカが七色を運んできたようだった。それから気分をよくして帰りの車に乗り込んだのだが、おいにくの土砂降り。この日はほとんど雨であったが、ときどき現れた晴れ間を利用した「録音珍道中」であった。おつかれさん。

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  • 2013年4月 8日


万想連鎖28 ユリの意志

那和   慎二 NAWA  Shinji(大阪通信員) 

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 新年度を迎えてカレンダーをめくるとユリの花が現れた。月光に照らされて、静かに白く鈍く輝くユリの花。花は花であるけれど、このユリには、密やかな強い意志を感じる。人にとって花は愛でるものであっても、生命としての花は、過去から綿々と繋いできたその生命を、後世へと繋いでいく強い意志そのものである。サクラにはサクラの意志があり、ユリにはユリの意志がある。そして、ボクネンに切り取られた月光の下の白いユリの一瞬の姿は、その意志をことさら写し取っているように思われた。

 沖縄のヒカンザクラは別格として、日本列島を駆け上がる今年の桜前線は早かった。九州はもちろん、首都圏でも入学式には散っていたことだろう。ここ大阪はどういう訳か、少し遅れて咲き始めた花の持ちも良く、入学式を彩るに充分な花が残っていた。新しい住まい周辺は桜の名がつく地名もあり、ぐるりと桜並木で囲まれている。もっとも、桜の種類は多く、対岸にある有名な大阪造幣局の通り抜けは、八重桜などで半月ほど時季がずれている。今年は早いと言っても、前線が列島の北端に達するのは5月に入った頃だろうか。九州から山仲間の夫妻がみえて、全国一と言っても過言ではない奈良・吉野山の桜にも足を延ばしてみた。山の斜面を埋め尽くす桜の花が靄のように霞んでみえて、「桜又桜山桜又山桜」と誰かが詠んでいたような空間に身を浸す、他では経験し得ないお花見となった。新しい年が巡れば、また桜に出会えることを疑っていないが、来年は来年の花が咲き、ひとつとして今年の花はない。花を見る自分自身の目、心の持ち様も違っているはずだから、来年はどんな桜を見るのだろうか。ボクネン作品に数々描かれている桜、様々な花々もまたひとつとして同じ花はなく、これからも絵の中に、どんな花が咲くのだろうか。

 4月は、多くの人にとって新たな節目を迎える月。進級・進学、就職を迎える若い人たちにとって、環境ががらりと変わるその節目は大きい。仕事をしているすべての人にとって、旧年度を締めくくりつつ、新年度の活動が計画に沿ってスタートする。希望や期待に胸を膨らませつつ、花々が咲き乱れる季節の華やかさとは裏腹に、不安や緊張に包まれる時期であるかもしれない。

 いつも陽の光に照らされるばかりではない花々。月光の下でも、ひっそりと意志を蓄え磨いているユリのようにありたい。その美しさの中にある芯の強さを見失わないでいたい。夜が明けたときに見せるユリの爽やかな美しさを思い描きたい。(掲示作品『ユリ畠』の月 1988 60.0×46.5cm)

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  • 2013年3月25日

万想連鎖27 リトルオキナワ
那和  慎二   NAWA Shinji(大阪通信員)

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 大阪市に転居した。辞令により転居を余儀なくされる転勤族の宿命であるが、個人だけではありえない15度目の転居も、負担以上に楽しみを増幅させることにしている。大阪に旅行しても観光では行かないところまで、そこに住めばこそ行くことができる。かつて沖縄に住んだのも転勤したからだし、だからこそ、沖縄三越でのボクネン個展に迷い込む偶然を得ることができた。転勤に伴う転居は良いことが多い。このたびの大阪も、言わば勤務先が用意してくれた長期の新婚旅行と考えることにした。そして、大阪市へ行ったら、まず大正区を訪ねよう。別に朝の連続テレビ小説に影響されたわけではない。沖縄はすでに遠いところではない。思い立てば明日にもというわけにはいかないが、来週末には那覇空港に立っているだろう。早速、空港でANAラウンジにあるボクネン作品とご対面することもできる。だから、沖縄へ行く代償行為として大正区へ行くのではなく、今現在の大正区にどのような沖縄の風を感じることができるのか、それを確かめてみたいと思った。

 だいぶ暖かくなったとはいえ、まだ冷たい風にボクネンの綿マフラーを首に巻いて出かけた。JR環状線の大正駅から沖縄出身者が多く住む平尾まで歩いたら、それは思った以上に遠く、その距離は、かつて遥か沖縄から本土に移住してきた人たちへの距離を表しているように思われた。せっせと歩いたため、早春から一気に初夏の汗ばみとなり、それは、そこを訪ねるのにふさわしい状況に思えた。大正区は、「純と愛」の舞台であること、沖縄を体感できることをさかんにPRしている。しかし、日常の平尾の街は、とりたてて沖縄・オキナワしているわけではない。大阪市内のどこにでもある商店街とその周辺の住宅街に見えた。沖縄を知っていればこそ、宮城・沢岻・仲順等の文字が目に付いたし、目を凝らして食堂のメニューに沖縄そばを見つけることができた。しかし、今や全国に広がる沖縄料理店の沖縄らしさからすると、ずっと沖縄色は薄い。PRパンフにあった「おきナニワん」の言葉の通り、すでに沖縄と大阪(ナニワ)がチャンプルーというより、溶け合ってしまったのかもしれない。もっと沖縄を感じたくて来たらしい中高年グループの方から「ここがその最も沖縄らしい所ですか?」と聞かれて、思わず申し訳ないような気持ちになってしまったが、今の大正区平尾には、今の平尾の日常があり、期待する目を意識してことさら沖縄らしくすることはないのだと思う。

 かくして、私の首に巻きつくボクネンに気付く人は誰もなく、街でボクネン作品を見かけることもなく、リトルオキナワへの小旅行は終わった。もう少し暑くなったら、ボクネン柄のかりゆしを着て、大正区へ行こう。沖縄らしさを期待する人に、沖縄の風を少しでも感じてもらえたら幸いだ。

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  • 2013年1月17日

万想連鎖26 一枚の葉書
那和 慎二 NAWA Shinji(福岡通信員

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 年越しの一仕事、年賀状。以前は苦手な作業だったが、今はパソコンのおかげで気持ちが楽になった。本文も宛名書きもプリンターだから、自分の汚い字を見なくて済む。多くの人が年に一度の音信だから、本当は一言メッセージを手書きで添えるべきなのだろうけれど、手書きが嫌なら入力する手もあるけれど、気持ちはあっても年末の忙しさにかまけて失礼している。だから、せめてこちらの近況を自分らしく伝えようと、今回も自己満足なりに本文を工夫した。自分らしい写真も入れた。それでも、一筆添えて送ってくださった方には、やはり一言書けば良かったと年を越してから後悔したりしている。

 パソコンや携帯で簡単にメールをやり取りできるようになったから、年賀状もそれに取って代わられたように、日常の音信に葉書を使うことは少なくなった。手元にあるボクネンの絵葉書も、ボクネン作品を手近に楽しむものとして購入し、たまに引き出しから出して見ることを楽しみとしていたが、最近、ちょっと考えが変わった。メールアドレスを知らない人に感謝の気持ちを伝えそびれていたとき、遅ればせながら伝えたい自分の気持ちを、ボクネン絵葉書に書き綴った。相変わらず手書きは苦手だし、きれいな字は書けないが、それなりに丁寧に、また自分の気持ちを素直に文字にすることができた。ボクネンの向日葵の絵がその気持ちを後押ししてくれているような気がした。自分の気持ちを上手く伝えることができた満足と喜びがあったが、それ以上のことを期待したわけではない。しかし、しばらくして、先方から何倍もの喜びの気持ちが返ってきた。思い切って葉書を書いて良かった。それもボクネン絵葉書に書いて良かった。気持ち以上のものが伝わったのかもしれない。そんなことがあって、それから機会を見つけては、ボクネン絵葉書を使って感謝の気持ちを伝えるようにしている。

 今年いただいた年賀状の中に、以前、私が送ったボクネン絵葉書を大切に飾っていると書かれていて、おやっ?と思った。以前もボクネン絵葉書を送ったことはあったのだ。しかも、その絵葉書は、その方の手元で大切にされていたのだった。私の書き綴った汚い字とともに。もっとも、私の文面は裏に隠れてボクネン作品が部屋を飾っているだろう。その部屋を訪れた方が、その絵葉書を見てボクネン作品を知るきっかけになったら、なお嬉しい。絵葉書を手元に置いてたまに見る喜びも悪くないが、自分の気持ちを伝える媒体として使うことで、自分の気持ちとともに、ボクネン作品の魅力が広がっていくなら、その喜びは何倍も大きい。今年も、ボクネン葉書を書くチャンスが巡ってくることを楽しみにしている。  

                          ※掲載作品『真南風の向日葵畠』

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  • 2012年10月 4日

万想連鎖25 Fishing Café
那和  慎二  NAWA Shinji(福岡通信員)

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釣りに興味がないわけではないが、今までする機会がほとんどなかった。きっとこれからもないだろう。でも、釣りあげられた魚には大いに興味がある。食べる機会がある肉の種類は、牛・豚・鶏・山羊・羊・馬・猪・鹿・鯨・鴨・家鴨に、せいぜい駝鳥・鰐と限りがあるが、魚は一桁違う。今年食べた魚を拾っても20や30種類は数えることができる。今まで食べた魚で何が一番旨かったかと問われても、それぞれにそれぞれの旨さがあり優劣をつけることは難しい。だから、旨さに絶対値で選ぶのではなく、ご縁あっていただくことになった魚はすべて、その魚への感謝を込めて、残さず余さず食べられないところ以外はきれいにいただくことを心がけている。

それでも、敢えて旨かった魚の記憶をたどるとき、思い出すのは、読谷村の海産物レストランで初めて食べたビタローである。本土からの観光客の沖縄の魚の評判は、おおむね良くない。良くないには理由があって、それはあのカラフルな色が食欲を減退させるのだという説が有力だが、本当の理由は、魚の取り扱い方の問題らしい。築地と那覇で魚を仕入れた経験がある料理人から聞いた話だが、平均気温がはるかに高い沖縄で、本土よりかなり少量の氷しか使っていないと言う。だから魚が傷みやすく食味にも影響するのだと言う。確かに、とろ箱に裸のまま軽トラの荷台に乗って公設市場に向かう魚を見たことがある。沖縄の魚に代わって弁護すれば、魚が旨くない責任は魚自身にはなく、人間にあるのだ。さて、初めて食べたビタローは、その外見からの想像を見事に裏切って、とても旨かった。ガーリックを効かせたバター焼きという調理法も、ビタローの肉質にぴたりと合っていた。こんがり焼けていたので、あまりトロピカルな感じに見えなかったことも幸いしたのかもしれない。

釣りには縁がないのに、ある日、釣り具メーカーのシマノが発行する季刊誌、Fishing Caféが自宅に届いた。私がボクネンファンと知った知人が、その連載コラム「Bokunen`s Museum流廻」を知らせるために、シマノに紹介ハガキを送ってくれたのである。「Bokunen`s Museum流廻」には、ボクネンには違いない、でも、海人としての感性全開のボクネンズワールドがある。それは、普段、生活している陸上から、ふと海の中を覗いてみたときのような新たな発見と興奮をもたらしてくれる。2011年秋号には、別の誌面に8ページにわたって、釣り人としてのボクネンが紹介されていた。海の中の世界が計り知れないように、版画家だけではない、ボクネンの世界も計り知れることはなく、興味が尽きない。         (作品『二ぱらのぶだい』30.0×45.6 cm)

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  • 2012年9月24日

万想連鎖24 今年も島風が吹く

那和  慎二 NAWA Shinji(福岡通信員)

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今年も熊本で開催される沖縄音楽イベント「琉球の風2012」。そのポスターが出来上がった。以前、万想連鎖12に書いた「ああ、このポスターにボクネン作品を使えたらなあ。」その願いは叶った。昨年末にイベント主催者とボクネンサイドの橋渡しをして許可をいただいていたから、その時点で願いは叶っていたのだが、現実に出来上がるまでは、まだ夢の中にいた。その夢が正夢となったのだ。

これまでの「琉球の風」ポスターからも島風は吹いていた。しかし、ボクネン作品、『さきよだの神歌』が使われた今年のポスターから吹く島風は圧倒的だ。そのポスターを見る者を、瞬く間に島へと吹き飛ばす。樹々のざわめきや鳥の群れ鳴く声とともに三線や太鼓の音、島人の歌声までもが幻聴となる。このイベントのプロデューサー、ボクネンとは旧知の知名定男が揃えた出演者、その中に上原知子の名前があった。昨夏、アカラのイベントで間近に見た姿、間近に聴いた歌声が蘇ってくる。この偶然か、仕組まれた必然か、ボクネンの絵にモデルというものはないのだろうけれど、『さきよだの神歌』と、かの歌姫のイメージは、まったく重なっている。

ポスターにボクネン作品を使うことを許可いただいてから、どの作品を選ぶかが問題となった。数千点といわれる膨大なボクネン作品。しかし、実際に見たことがある作品は数限られている。改めて手元で見ることができる作品も、画集に掲載された作品、過去にちぎったカレンダーを捨てられずに保存した作品、画像データとしてパソコンに保存していた作品などである。イベント首謀者の濱さんは、末期癌の病床にあったが、何度か話し合い、実質的なイベント運営者である山田高広さんも交えた結論は、『さきよだの神歌』これしかないというものだった。この選択が、結果として、上原知子さんの出演につながったのだろうか。それとも、単なる偶然なのか。どちらであったとしても、この結果は、その必然として、リンケンの来場をもたらすと期待している。昨夏のアカラと同様に。まさか手ぶらでは来場することはなく、イベント当日に、手にしたギターで予告なしにステージに立つと期待は膨らんでいる。さらに妄想まで膨らませるならば、その横に三線を手にしたボクネンが立っているのだが。

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イベント首謀者の濱さんは、残念ながら4月25日、永眠されたが、その志は、山田さんほか多くの仲間に引き継がれた。9月30日(日)、今年も熊本に島風が吹く。その風はきっと、濱さんに歌姫の歌声を届けてくれるだろう。  (写真上『さきよだの神歌』、写真下「在りし日の濱さん(左)と筆者」)

 

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  • 2012年9月13日

万想連鎖23 3月18日のこと
 那和  慎二(福岡通信員

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7月のカレンダーをめくると緑門が現れた。「島が見える緑門」。予期せずに現れた緑門にあの日のことが甦った。3月18日。美術館で行われた制作ライブパフォーマンス。固唾を呑んで見守ったボクネン対シナベニヤ、小一時間の格闘。版木から剥がされた月桃紙に浮かび上がったのは、やはり緑門だった。ボクネン作品の中に繰り返し繰り返し現れるテーマ。ボクネンワールドに深くはまり込むきっかけとなった「緑門」。やはり、とは書いたが、意表を突かれたような気もした。「緑門」が現れるのではと期待して見守っていたら良かったと、期待を抱いていなかったことへの淡い後悔に似た気持ち。

そんなときに、一番前に陣取って館長の近くに座ったのだから、当然と言えば当然、感想を問うマイクが回ってきた。が、しかし、これまた当然と言えば当然、感想ベタの私に当意即妙の言葉などなかった。流れたマイクが拾うその方その方なりの素直な感想に関心しながら、何も言葉を持たない自分がいささか情けない。さて、旅から帰り、時が経てば、感想が熟成してくるかと思ったがそうでもない。見たい見たいと希い、やっと叶った制作ライブ。その圧倒的興奮をまだ消化できていないのかもしれない。やはり感想は書けない。

忘れかけていると、ふいに目の前に現れる緑門。H..ウェルズの短編だったか、「くぐり戸」という作品を思い出す。いつかくぐろうと思いながら、最後にくぐったくぐり戸の先の穴に落ちて死んでしまう男になろうとは思わないが、空想の中でも自在に緑門をくぐりながら、実況中継の如く流れるような感想を述べてみたいものだ。

 そうそう、初めての飛行機に乗って男の子が沖縄に行く今年の全日空のテレビコマーシャルは良かった。もっとも、沖縄では放映していないのかもしれないけれど。何が良かったかと言えば、その行き着いたところが、沖縄本島本部町、備瀬の海岸だったからである。短い映像でもすぐにわかったのは、制作ライブの翌々日、どうしても緑門が見たくなって備瀬を訪ねていたからである。アーサに覆われた岩礁の鮮やかな緑を目に焼き付けていたから、テレビ画面に映る景色が嬉しかった。一瞬でも緑門の構図が入ればなお良かったが。

 しばらく沖縄には行けそうにもないので、数年来、撮りためてきた伊是名の風景写真を眺めている。幸い手元には何冊ものボクネン画集がある。以前は知らなかった制作過程を思い浮かべることもできる。改めて作品を見つめなおすこととしよう。違ったボクネン観が経ち現われてくるかもしれない。溜まっている万想を、また少しずつ紡ぎだしていきたい。

             (写真:2012年3月18日の制作ライブパフォーマンス)

 

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  • 2012年7月 1日

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『人間への手紙』シリーズ第2通目の展示会です。今回の差出人は「生きもの」たちです。人間の体には「植物器官」と同様に「動物器官」も備わっています。たとえば「動物器官」とは目、耳、鼻などの「体壁系」の<感覚>をつかさどる器官です。人間の体が、「生きものたち」の機能させている「動物器官」と同じであるということは、彼らの行動のなかに私たちの動きやすい環境のヒントがあるに違いありません。ボクネンの「生きものたち」の作品群をみて、私たち「生きものとしての人間」が気持ちよく動ける環境というのを考えてみませんか。

展示期間 2012年7月21日(土)~11月18日(日)

 

~夏休み特別企画ご案内~

※今企画は定員に達しましたので、募集を締め切らせて頂きました。

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ボクネン美術館では、昨年に引き続き子ども達を対象とした「お絵かきプロジェクト」を開催します。今回は、ボクネン作品「大礁円環」(横幅10m以上)をヒントに、参加者全員で1つの大作に挑戦します。ボクネンの版画に囲まれながら刺激を受けたこどもたちが、いつもとはひと味違った大きなキャンパスに、大興奮する姿が楽しみです。制作した作品は後日アカラギャラリー周辺で展示予定です。たくさんのお子様のご参加をお待ちしております。当日はボクネンさんも来ますよ!

日時 2012年8月10日
時間 午後1時~4時頃
場所 ボクネン美術館(アカラギャラリー2F)
参加対象 小学生、幼稚園生
参加定員 20名程度(要予約)
参加費 1名につき1,000円(参加者1名につき保護者1名は入館無料)
*持参していただくものは特にありませんが、多少汚れてもよい服装でご参加下さい。

※今企画は定員に達しましたので、募集を締め切らせて頂きました。

【お問合せ先】

アカラギャラリー

住所;沖縄県中頭郡北谷町美浜9−20 ボクネン美術館棟1階
Tel:098-926-2764  Fax:098-989-4764  

mail :akara‐g2@pcore.co.jp



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  • 2012年6月28日

 沖縄地方は、夏の到来を告げる夏至南風(カーチベー)という南南西の季節風が吹き抜けると共に長くじめじめした梅雨も明け、連日暑い日が続いております。ボクネン美術館の展望台にも夏の日差しが降りそそいでおります。

 

sfhg.jpg目の前にあるサンセットビーチは、海水浴を楽しむ人々で溢れ、空の青も夏の澄んだ青の変わってきました。7月下旬にはボクネン美術館展示も新たな展示内容になります。あの10mを越す、超大作『大礁円環』もお目見えする予定ですよ~。是非お楽しみに!

 

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  • 2012年5月27日

 ボクネン美術館に、ドキュメンタリー映画"ガイアシンフォニー"の龍村 仁 監督御一行がお越し下さいました。実はボクネンは、龍村さんが監督した「地球交響曲第4番」に出演しています。今回、沖縄での上映会の為の来沖でした

 

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 美術館の前で、りんけんバンドの照屋りんけんさんを交え、しばし歓談。ボクネンから自身の最大の作品とも言える、美術館が入る集合施設"アカラ"の誕生秘話など興味が尽きない話が続きます。みなさま真剣な表情で聞き入っておられましたよ。

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 そのあと、ボクネン自ら美術館をご案内。作家本人から作品について聞ける機会はなかなかありませんが、こんな機会にこそ、聞きたいことを聞いてしまおう!とばかりに、いろんな質問が飛び交っていました。

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最後は龍村さん、りんけんさん、ボクネンさんと、ワルミ通りでスリーショット。龍村監督はとても物腰の柔らかいお方ですが、実は常に色んなことを深く考え観察している、そんな方でした。でもそんな方じゃないと映画監督なんて出来ませんね。そんな監督の作品、"地球交響曲"ご覧になっていない方は是非下さい。地球に住む我々にとって、とても大切な素晴らしい様な映画です。

 

美術館スタッフ ヨウヘイ

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    ボクネンズアートオキナワが北谷美浜にアカラギャラリーとしてリニューアルオープン致しました。ボクネン美術館に併設されたボクネンの作品を常設するギャラリーです。

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    「Island Gallery」は、東京の京橋、日本橋、九段下エリアに位置するアートギャラリーです。
    ボクネンの作品を取り扱う他、生活に潤いをもたらせてくれる、アート・写真・音楽・映像・自然音などをプロデュースしていきます。また多目的スペースとして、各種イベントも開催いたします。

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    名嘉睦稔プロデュースの複合型ローカルブランドショップ。赤瓦と漆喰がうねる建物には「Fasion」「Food」「Art」のショップを構え、それぞれ自社で製造、販売するという県内でも類を見ないクリエティブワールド。

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    地元沖縄のアパレルを変える。創業31年の人気沖縄ブランド。ローカルブランドの新たな可能性へ・・・。