「ヌチヌスージーサビラ」(命のお祝いしましょ。)
そういって終戦直後、避難民のひしめく石川市(現うるま市)で家々を回り、歌って踊った男性がいました。後に"沖縄のチャップリン"と呼ばれたのは小那覇舞天氏、通称ブーテン。
終戦直後の石川市には、米軍が造った避難民収容所に加え、
戦火に追われた三万の人々によって設けられたテント、かやぶ
きの掘っ立て小屋、仮設住宅がすき間なく立ち並んでいました。
多くの人がその日を生き延びることに必死で、明るい話題も、
戦争で受けた傷を癒す間もない暮らし。そんな中に現れた風変
わりな男性がブーテンさんでした。
弟子の照屋林助さんと共に、家にあがりこんでは位牌の前でも
三線による即興音楽と琉球古典をまねた踊りをするので、ある
とき家主に「多くの人が戦争で家族を失ったのに、どうしてこん
な悲しいときに歌うことができるのか」と聞かれ、こう答えます。
「まだ不幸な顔をして、死んだ人達の年を数えて泣き明かして
いるのか。生き残った者が生き残った命のお祝いをして元気を
取り戻さないと、亡くなった人たちも浮かばれないし、沖縄も復
興できないのではないか。さあ遊ぼうじゃないか」
そうして命のお祝いを、笑いを通じて繰り返すブーテンさん。
その姿は弟子の林助さんに受け継がれましたが、林助さんも皆
に惜しまれながら去年亡くなりました。林助さんの追悼番組の
中でボクネンさんによって彫られたのが、この作品です。
一昨日は伊是名島でウンナーが行われました。
五穀豊穣を祝い、あらゆる生命を祝う。
この世に生まれた喜びを感じながら。
ね、命のお祝い、しましょ。
misa@ボクネンズアート東京




COMMENTS (1)
すばらしい作品ですね。
ブーテンさんにはお会いしたことがないですが、
人柄や信念のようなものが、にじみ出ている感じです。
にぎやかな三線と歌声も聞こえてくるような・・・
機会があれば、ぜひ原画(できればブーテンさんの演奏
をバックに)も見てみたいものです。
ところで、先週那覇市とその近郊に滞在した折、
台風の影響を受けながらふと思ったのですが、
台風というか大嵐をテーマにした作品はありますか?
ついでの時に教えて下さい。
まぶにの丘で傘を壊しながら、これはひょっとして
温暖化を平気で進める人間に対する神様の怒り?と
感じた次第で、睦稔さんならどう表現されるだろうかと
想像を巡らしました。久高島を望むところに行けば、
凡人の私にも何か見えたかもしれませんが・・・
もっとも2時間後には嵐もほぼ収まり、
フライトも定時だったので、
お怒りは収まったのかもしれませんね。
Posted by: ゆあみ | 2006年07月13日 13:34