沖縄のお祭りにかかせない「旗頭」。かなりの重量があるため、普段は大人数で運んでいるのですが、ここぞとばかりに男っぷりを発揮しようと考える血気盛んな若衆が、かわるがわるに旗頭を腰にあてて運ぶ様子は、見ていて惚れ惚れします。
~「旗頭」 うるま連載エッセイ「風のゆくえ(第九話)」より~
世果報を願う気持ちが、天と地を垂直に結ぶ常磐木になる。
旗頭は聖なる樹の象徴ではないか。
してみれば旗頭は神籬と言えなくもない。
神籬は神の降臨を願う宇宙軸である。
古より人々は樹草と共に生き、その恵みを享受し、生かさ
れていると信じ、樹が存在する事により繁栄が保証される
と理解してきた。
「力で持つのではない。一体となり心で持つのだ」
長老が若気に語る代々の言葉である。
村の誇りを育むのだ。他村の誇りを認識する為には、
これが絶対必要なのだ。
かくして集うことになった旗頭の祭りは、他の旗の美しさを横目に、
更に我が旗が美しくあろうと全旗が上下運動に精をこめて、
そうして華になるのであった。
-後略- 続きはコチラから



COMMENTS (2)
「平和の旗頭」に対する、ボクネンさんの言葉の締めです。
>世界中が国旗を旗頭にして集うといい。
>その美しさを競い自国のが一番と自信を持つことである。
>そうしては、他国もまったく同様に自国のが美しいと思っていることを承認することである。
>誇り高く建つには、他者を内在化してこそである。
他を認め敬い、自らをより高く有らしめんとする心があれば全ての争いは無くなると思います。
「旗頭」に集う若者はとにかく美しいのです。
聖なる樹の象徴を高く刺す使命に誇りを持ち、その額に大粒の汗を溜め、まなじりを上げた大きな瞳にはキラリと光る秘めた決意が感じられます。
ボクネンさんの心をも動かした友の『想い』に気高ささえ感じます。
縁有って、そんな友を得た喜びもまた至極と呼べる幸せです。
Posted by: 角筈 | 2007年02月17日 21:29
角筈さん
>他を認め敬い、自らをより高く有らしめんとする心があれば全ての
>争いは無くなると思います。
>「旗頭」に集う若者はとにかく美しいのです。
本当にその通りだと思います。
自分も他者をも認め敬い、そうして育んでいく、
そんな人間の当たり前な、でも失われつつある心を、
旗頭は教えてくれるようですね。
角筈さんの思いが伝わってくる文章…ありがとうございます。
Posted by: Misa | 2007年02月19日 18:37